講義No.10431 化学 生物学

カバの赤い汗の成分を探る

カバの赤い汗の成分を探る

カバの「血の汗」

哺乳類の中には汗をかくものがいます。汗の最も重要な役割は体温の調整ですが、人間にはない汗の機能を持つ動物もいます。その一例がカバです。カバは「血の汗」とも言われる赤い汗をかくのですが、それはなぜでしょうか。
カバの汗について調べるには、カバの肌を紙で拭き取って汗を採取する必要があります。しかし、デリケートな動物であるカバにストレスを与えないために、拭き取るのは週に1度だけです。そのうえ汗をかく時期は5月頃から10月頃までと限られているのです。

不安定な物質への工夫

カバの汗の研究には、困難な点があります。それは、時間がたつと赤色から茶色に変色してしまうことです。カバの汗の成分は非常に不安定なため、すぐに変化してしまうのです。採取してすぐにドライアイスで凍らせることで、変色せずに持ち帰ることができても、水に溶かしてフラスコで濃縮させるという通常の化学の分離操作を行うと、やはり茶色に変色してしまいます。このことから、茶色になるのは、赤い分子が重なり合うためだと考えられます。そこで、分子同士が近寄らないように、薄い水溶液にしたり、シリカゲルなどの粉にまぶして保存したりするなどの工夫が重ねられました。

カバを守る薬

カバの汗の分子の特性を調べると、傷が膿む緑膿菌や肺炎を起こす常在菌を抑制していることが判明しました。つまり、カバにとっては汗が薬になっているのです。また、紫外線を吸収する効果もあるため、日焼け止めの役割もしていると推定されます。生まれつき色素がないアルビノの野生動物は、自然界で生き残ることはまれですが、アフリカでは成長したアルビノのカバが目撃されています。これは、赤い汗がカバを守っているからだと考えられます。
この研究からは、カバの汗の役割を調べるだけでなく、不安定な物質の分子構造を解明する方法も生み出されています。ひとつの研究から新たな手法が開発され、さまざまな分野での応用へつながることもあるのです。

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東京農業大学 生命科学部 分子生命化学科 教授 橋本 貴美子 先生

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メッセージ

本当は、物理も化学も地学も生物も勉強してほしいのですが、現在の高校のカリキュラムでは、すべて選択するのは難しいのが残念です。理科が好きだったら、どの分野も少しずつ知識をつけてください。そして、生命科学の分野に興味があれば、野原で遊んで面白い現象を探してみてください。
世の中に役に立つことを考えるのではなく、自分の面白いと思ったことを突き詰めることが一番大切です。面白いと思ったことに取り組んだ先に、世の中の役に立てることがあるものです。

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東京農業大学は、地球上に生きるすべての動物・植物・微生物と向き合い、それらの未知なる可能性、人間との新たな関係を追究していく大学です。食料、環境、健康、バイオマスエネルギーをキーワードに、創立以来の教育理念「実学主義」の下、実際に役立つ学問を社会のため、地球のため、人類のために還元できる人材を養成しています。世田谷、厚木、オホーツクの3キャンパスに6学部23学科を有します。