鉄を溶かして吸収する植物のメカニズム
生物の生存に不可欠な鉄
金属元素である鉄は、生物が生きていくために不可欠な栄養素の一つです。人間の場合は鉄が不足すると貧血になり、さらには免疫力が低下して命の危険にさらされることもあります。軽度な場合でも体がだるい、意欲が湧かないといった影響を及ぼします。鉄は吸収しにくいために知らず知らずのうちに不足し、日本では女性と子どもの約40%が鉄欠乏だと言われています。
植物も鉄欠乏で不健康に
植物の場合は、鉄欠乏により葉が黄色くなって生育が止まり、それが続けば枯れてしまいます。人間は鉄欠乏と認識したら、食べ物やサプリメントから鉄分を得ることができますが、自ら動くことのできない植物はどうするのでしょうか?
植物が鉄欠乏になる理由の多くは、土中の鉄が少ないのではなく、土がアルカリ性であるために鉄が溶解性の低い状態となり、植物が鉄を吸収できなくなるからです。そのような環境に対して、植物が自分の体を維持するために行う行動が「環境応答」です。イネやトウモロコシなど、私たちの主食となる重要な穀物も含まれるイネ科の植物は、根でムギネ酸という物質を作り、それには鉄を溶かす機能があります。鉄欠乏に陥ったイネ科植物は環境応答として根からたくさんのムギネ酸を土中に分泌し、鉄を溶かしてムギネ酸と共に吸収します。
栄養不足問題を救う穀物を作り出す
日本は酸性ぎみの土壌が多いために植物の鉄欠乏はあまり知られていませんが、世界の耕地の約30%はアルカリ性土壌のために作物が育ちにくい地域です。そこで、イネ科植物の環境応答のメカニズムを応用し、アルカリ性の土でも育ちやすい植物を遺伝子組換え技術などのバイオテクノロジーにより作り出す研究が進められています。そのとき操作する遺伝子には、植物に含まれる鉄や亜鉛などの栄養価を高める作用もあります。
発展途上国では、鉄欠乏貧血症は最も対策の遅れている健康問題の一つです。アルカリ土壌でも育ちやすく、鉄を豊富に含有する穀物の開発は、問題解決の大きな糸口となるでしょう。
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石川県立大学 生物資源環境学部 生物資源工学研究所 教授 小林 高範 先生
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