ウイルスが「主薬」? 抗生物質に代わる治療法
抗生物質が効かなくなる菌の問題
1928年に抗生物質「ペニシリン」が発見されて以来、人類と細菌(バクテリア)による、いたちごっこの闘いが続いてきました。細菌は生き延びるために変異します。抗生物質の使用によって変異し、薬が効かなくなった菌を「耐性菌(AMR)」と呼び、そのほとんどが私たちの身の周りに存在するのです。「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)」など、院内感染のニュースで耳にすることもあるでしょう。薬が効けば簡単に治るはずの感染症で、世界で年間120万人も亡くなっており、今後さらに増えると予測されています。
細菌の天敵ウイルスを治療の武器に
一方でペニシリン発見以前から、細菌の天敵であるウイルス「バクテリオファージ」を患者に投与する「ファージセラピー」という治療法が研究されてきました。バクテリオファージは、特定の細菌の近くに必ずいる、人間には感染しないウイルスです。ウイルスは細菌の内部に自己の遺伝子を注入し、細菌に増殖させながら爆発的に増えていきます。ロシアや東欧では現在も食中毒の治療をはじめさまざまな治療に使われていますが、アメリカや日本では抗生物質の開発が盛んだったため、ファージセラピーは抗菌薬の使用を控える消極的対処方法という位置づけでした。しかし、2016年、アメリカで、感染症で重篤になった研究者トム・パターソン氏がファージセラピーを受け完治したことで、世界的に細菌との闘い方を見直す機運が高まりました。
犬の外耳炎をファージで治療
ファージセラピーの仕組みは人も動物も共通のため、日本では2021年に初めてペットの犬に治療が行われました。これは、数種類のバクテリオファージを混ぜたカクテルを作り、緑膿菌が原因で慢性外耳炎を患っている犬の耳に塗ったところ、数週間で完治したという事例です。
細菌との闘いは、1種類のファージだけですべてを解決することはできません。またファージセラピー自体も単独でなく、有効な薬剤と併用することで効果を上げると期待されています。
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酪農学園大学 獣医学群 獣医学類 教授 岩野 英知 先生
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感染症学、細菌学、ウイルス学、獣医学先生が目指すSDGs
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