がん細胞が「転移」する仕組みを、分子生物学で解明する
「塊」から離れても、生き続けるがん細胞
「がん」の怖さは、全身に転移して増殖することです。通常の細胞は、もともとあった場所との接続が切れて離れてしまうと、「アポトーシス」という自死プログラムによって死滅します。ところががん細胞は、単体で血液やリンパ液中に「浮いた」状態になっても生き続けるため、転移が発生するのです。そこで分子生物学の分野では、がん細胞が元の細胞から離れても生き続けられる仕組みを解明し、それを阻害することで転移を防ぐ技術の研究が進められています。
たんぱく質同士の連携が細胞の状態を変える
私たちの体は、およそ37兆から60兆個の細胞で構成されていますが、それぞれの細胞の中には数千種類のたんぱく質が存在し、相互に「シグナル伝達」を行いながら健常性を保っています。その中に、「CDCP1」という細胞膜貫通型のたんぱく質と、細胞の増殖などに関わる「Ras」というたんぱく質があります。
なんらかの原因でRasに変異が起きるとCDCP1産生のためのシグナル伝達も異常に高まり、細胞が浮いた状態になっても自死しなくなることがわかってきました。実際、日本での死亡数が多い膵(すい)臓がん、肺がんなどのがん細胞を調査したところ、浮いている状態のがん細胞ではCDCP1の量が多いことが判明したのです。
転移のスイッチとなるシグナル伝達を阻害
手術でがん細胞の塊を切除しても、血液やリンパ液中にがん細胞が残っていれば再発します。転移のスイッチとなるRasおよびCDCP1のシグナル伝達を阻害できる分子標的薬が開発されれば、悪性度の高いがんの再発を防ぐことが可能になるでしょう。また、転移を防ぐ薬とがん細胞を攻撃する抗がん剤を併せて使えば、大きくなってしまったがんの塊を小型化させ、小さい範囲の手術で済ませられるようになるかもしれません。2010年人口動態統計の概況では、日本人の3人に1人はがんで亡くなっています。臨床の医師ばかりでなく分子生物学の研究者たちも、がんと闘っているのです。
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防衛大学校 応用科学群 応用化学科 准教授 上北 尚正 先生
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