緻密に読めば受け取れる、作家自身やその時代のありよう

緻密に読めば受け取れる、作家自身やその時代のありよう

にきびから読み取れるもの

『羅生門』は、平安時代が舞台です。芥川は同時代の説話集『今昔物語集』を典拠(題材)に、アレンジを加えています。例えば登場人物の下人に「にきび」がある描写は、下人が青年であると示すために芥川が加えたものです。下人は職を失い盗人になるしかないが、そうなりたくないと葛藤しており、「理想」と「現実」との間を揺れ動く青年として描かれています。

作者が考えた「現実」とは

下人が羅生門の楼上に上がると、かつらにして売るために死体の髪の毛を抜いている老婆がいました。老婆が言った「生きるためには仕方がない」に着目すると、この言葉は「現実」の論理そのものであり、芥川の「現実」「世間」というものに対する捉え方だと読み取れます。そのような芥川の「現実」に対する思いは、老婆の動物的で醜悪な描かれ方にも表れています。老婆の言葉に触発された下人が、彼女の着物をはぎ取り盗みを働くという『羅生門』は、生きるためには「理想」を通せないと悟り、悪に手を染めて大人になっていく青年の物語だと読むことができます。

文学が持つ可能性

文学作品からさまざまなことを読み取るには、「緻密に読む」ことが大切です。『羅生門』では、下人が老婆の着物をはぎ取る前に、手をにきびから離すと描写されています。一見すると意味がない部分のようですが、後の展開を読むと、下人が自らの青年性と決別する象徴だと読み取れます。丹念に見ていけば、いろいろなことが浮かび上がるのです。
芥川は、実生活では周囲の反対で好きだった女性との結婚をあきらめるなど、「世間」のエゴイズムに苦しめられていました。そんな中で築かれた彼の人生観をこの作品が反映しているとするならば、文学は、その作品を書いた作者の人間研究の題材にもなり得ますし、一方では、その作品の舞台となった当時の状況を映し出す歴史的資料にもなり得るでしょう。それが文学という学問の持つ可能性なのです。

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玉川大学 リベラルアーツ学部 リベラルアーツ学科 教授 渡邉 正彦 先生

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