メダカの顎がなくなる? 身近な医薬品がおよぼす環境への影響
生態毒性学とPPCPs問題
生態毒性学は、私たちが日常生活で使用する医薬品や化粧品などに含まれる化学物質が自然環境におよぼす影響を研究する学問分野です。欧米ではこれらの製品をPPCPs(Pharmaceuticals and Personal Care Products)と総称し、その環境への影響は「PPCPs問題」として認識されています。現在の下水処理技術ではこれらPPCPs由来の化学物質を完全に除去することができず、河川に流れ出た化学物質がそこに暮らす水生生物に影響を与えているのではないかと懸念されています。特に鎮痛薬の成分であるジクロフェナクは、EU(欧州連合)で家畜や環境生物におよぼす毒性が問題視されて、環境モニタリングの対象物質に指定されています。
ジクロフェナクによる魚類への影響
ジクロフェナクを含む水でメダカを飼育すると、オスの成体のみ下顎が欠損する現象が観察されました。ジクロフェナクには骨の成長に関わる「破骨細胞」を活性化させる特性があります。何度も歯が生え変わる「多生歯性」の性質を持つ魚類の顎にはこの破骨細胞が多く存在するため、活性化により欠損が引き起こされたと考えられます。一方で、女性ホルモンは破骨細胞の働きを抑制する性質を持つためメスのメダカにこの現象は見られません。同じ水生生物でも両生類にはこうした現象は見られずに、海にすむほかの魚類では同様の現象が確認されたため、ジクロフェナクによる下顎欠損は魚類特有の現象だと考えられます。
生物と共生していくために
化学薬品以外にも、マイクロプラスチックやフリースなどの衣類に含まれる合成繊維の放流も問題視されています。これらは水生生物の消化器官をつまらせて傷つけることや、吸着した汚染物質が生物の体内で溶け出すことで生態に影響をおよぼしています。人間の生活に必要な物質であっても、自然への影響やほかの生物との共生を考えてこれらの製品を慎重に取り扱う必要があります。そのためにも、生態毒性学の研究は重要なのです。
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