海の刺客「イソギンチャク」の毒が教えてくれること
毒針を持つ刺胞動物
毒を持つ海洋生物の中には、クラゲやイソギンチャク、サンゴなど、獲物や外敵が接触するなどの刺激を受けると微小な針で毒液を注入する「刺胞動物」と呼ばれる生物がいます。なかでもイソギンチャクは、神経を麻痺させる毒と、赤血球に穴を開けて壊してしまう溶血毒という2種類の毒を持ち、餌となるエビや小魚などを麻痺させて捕食しています。こうした生物の毒成分から人間の薬が開発された例は多数あります。イソギンチャクの神経毒の成分からも、多発性硬化症の薬が作られて治験が進められている段階です。
毒の効き目はサワガニに聞け!
イソギンチャクは世界中に1200種いると推定されており、種類によって毒の強さや効き方が異なります。それを調べるには、イソギンチャクの毒液をサワガニに投与して反応を観察します。サワガニは神経毒に敏感に反応して、麻痺や硬直などの症状を示すからです。従来の毒と異なる反応が見られた場合は、毒液の中から毒となる物質を精製して構造を解析します。新しい毒であることが確認されたら、神経生理学の研究のための試薬として提供します。毒は特定の神経回路に作用するため、神経細胞の機能や情報伝達のメカニズムを明らかにする強力なツールとなるからです。そこから、鎮痛剤などの創薬につながる可能性もあります。
毒で生命の不思議の扉を開く
生物が持つ毒の研究においては、人間にどう役立つかだけではなく、生物がなぜ毒を持つようになったのか、その毒をどう変化させてきたのかを明らかにすることも重要です。例えば、イソギンチャクの毒の研究から得られた知見の一つに、サンゴ礁に生息するハタゴイソギンチャクが持つ毒と、生物の細胞増殖を促進する物質(EGF)の配列の類似性があります。この発見は、原始的な生物の毒が進化の過程で別の働きを持つようになった可能性を示唆しています。こういった視点からの研究により、生命科学が発展すると同時に、人間に対してより有効に利用する方法も見えてくるはずです。
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