分子モーターの生物物理学

分子モーターの生物物理学

タンパク質の性能を物理学で理解

物理学は、半導体や量子コンピュータといったものだけでなく、生命現象の解明にもアプローチできる学問です。例えば細胞の中にある1つの生体分子(タンパク質やDNA、RNA)は、細胞内で働く「分子の機械」であり、動く速さや働く力、持っているエネルギーなどの物理量を調べることができます。このようにタンパク質や核酸1分子の性能を物理的に計測し、生命現象のメカニズムの理解をめざす研究が行われています。

分子モーターの運動を解析

生体内でのエネルギーのやり取りはATP(アデノシン三リン酸)を介して行われますが、ATPを合成するATP合成酵素は、回転する分子モーターFoとF1からできています。回転のエネルギーでATPを合成するのです。F1の1分子を取り出して、生体に近い環境を再現したガラスチャンバーに載せ、タンパク質の数10倍の大きさの目印(ビーズ)を付けることで、タンパク質の回転を光学顕微鏡で観察できます。回転トルクを計算した結果、回転分子モーターは非常にエネルギー効率の良い分子モーターであることがわかります。

分子モーターの物理計測は医療にも貢献

分子モーターの中にはキネシンやダイニンという、細胞内に張り巡らされた細胞骨格の上を移動して、生体に必要な物質を運ぶ分子モーターがあります。蛍光物質を付けることで、これらの運動を細胞内で蛍光顕微鏡で観察できます。病気の観点では、異常な遺伝子から作られる異常なタンパク質が、物質輸送を劣化させ、神経疾患に関連することが分かっています。異常なタンパク質の出す力やスピードが、正常なタンパク質に比べてどれだけ劣化しているのかを物理計測できれば、より効果が高く副作用の少ない治療薬の開発に貢献するものと考えられます。細胞内分子モーターの物理計測は、生命現象の解明に役立つとともに、医療分野への応用も期待されています。

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先生情報 / 大学情報

東京大学 物性研究所  教授 林 久美子 先生

東京大学物性研究所 教授林 久美子 先生

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生物物理学

先生が目指すSDGs

メッセージ

高校の勉強では物理、化学、生物というように科目が分かれていますが、研究の現場では分野に境目はありません。物理学を使った生物の計測をはじめ、化学が必要な生物実験や、医学のための工学技術などさまざまです。最先端の研究は幅広い分野の助けを借りて発展していくので、将来何を学ぶか迷っているなら、いろいろな分野が融合しているところに注目してみましょう。特に本学は学際的な研究が多く、生物物理学も盛んです。物理にも生物にも興味があるという人はぜひ一緒に研究しましょう。

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東京大学は、学界の代表的権威を集めた教授陣、多彩をきわめる学部・学科等組織、充実した諸施設、世界的業績などを誇っています。10学部、15の大学院研究科等、11の附置研究所、10の全学センター等で構成されています。「自ら原理に立ち戻って考える力」、「忍耐強く考え続ける力」、「自ら新しい発想を生み出す力」の3つの基礎力を鍛え、「知のプロフェッショナル」が育つ場でありたいと決意しています。