真実と事実―『三国志』の英雄、曹操の『短歌行』から考える

真実と事実―『三国志』の英雄、曹操の『短歌行』から考える

曹操の短歌行

中国三国時代の英雄のひとり、魏の創始者が曹操です。彼は人の使い方が上手い優秀な武将であると同時に、文才に長けた人物であったと伝えられています。
「對酒當歌 人生幾何(訳:酒を飲もう、歌を歌おう人生は短いのだ)」で始まる有名な『短歌行』という詩を残しています。実は、この『短歌行』は楽府(がふ)と言われる詩歌の一種です。楽府とは民謡を指す言葉ですから、そういう意味では『短歌行』は民衆の詩であって知識人の詩ではないと言えます。
『短歌行』が作られた時期は、赤壁の戦いの前の晩に揚子江を挟み孫権・劉備連合軍と対峙しているとき、宴会を開いてそこで歌ったと言われ、これが今日まで通説として信じられてきました。

本当にひとりで詠んだ詩なのか?

『短歌行』は詩なので当然、韻を踏んでいます。4句ごとに韻が変わります。韻の切れ目は意味の切れ目になりますから、韻が変わると意味も変わってきます。しかしよく見るとこの詩歌には詩としての一貫性が見られません。
曹操ひとりが歌ったにしては意味が次々に変わっていくのは極めて不自然で、特に最後の句がおかしいと後世の多くの研究者が指摘してきました。中には「首尾一貫していないのは、酔っ払ってつくった詩だからだ」という説もあるくらいです。

通説を覆す仮説

当時の漢詩には掛け合いがあるのが普通です。主人と客人、つまり曹操と部下たち、その部下の者が偶数句を歌って掛け合いをしていたと考えると、意味が通じ合理的に解釈ができます。また、韻の切れ目が意味の切れ目になることについても、きれいに辻褄が合います。この詩は事実としては、赤壁の戦いの前に作られたのではないが、しかし英雄にして詩人という曹操の真実を伝えています。
私たちは『三国志演義』を基にした映画やドラマなどを見ると、史実と創作が入り混じった逸話を「通説」として信じてしまうものですが、歴史の真実は詩の解釈の合理性から見えてきたりもするのです。

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京都大学 総合人間学部  准教授 道坂 昭廣 先生

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