戦前・戦後の社会の教育を通して見る、教育方法と愛国心の関係
戦前から戦後にかけての教育のイメージ
1930年代から戦後にかけては、日本の教育が大きく変化した時代でした。その一般的なイメージは、戦争を勝ち抜くために国民に愛国心を植え付け、国民が一丸となる教育をしていたけれども、戦後になるとその価値観が180度転換し、教育に自由がもたらされた、というものでしょう。
しかし実際に行われていた教育を調べていくと、そのイメージが必ずしも正しくないことがわかってきます。
教育内容と方法の変化
社会科を例にとりましょう。1930年代、そのころマイナーだった学問、民俗学に魅力を感じた小学校教師たちが、その手法を小学校の授業に取り入れていました。それは、村の戸別の風習を調べる実践学習でした。一見同質に見える村内でも、隣の家とは味噌の種類が違ったり、しきたりが異なったりしたのです。そうした細かい違いに着目した教育方法が主流でした。
しかし1940年代前半に入ると、日本人を一つのまとまりとして教えていくように教育内容が変化していきました。その傾向は戦後にかけて強まっていきます。そしてむしろ国民が同質で一体的だという観念は、戦前よりも戦後の方が強固に教えられるようになっているのです。
教育内容と社会の関係
これは一見意外なようですが、実はそうでもありません。なぜなら戦前の日本には植民地があったため、日本が多民族国家だと考えるのはごく自然なことでした。だからこそ、むしろ日本列島内部の文化に対しても小さい違いに着目した教育が行われてきたのです。
そして戦後、植民地がなくなったことで、日本人の一体性を強調しやすい環境が生まれました。また天皇の位置づけが日本国民統合の象徴へと変化して、存在が社会の後景に退いたため、いっそう国民の同質性が強調されやすくなったとも言えます。
このように、教育を歴史的に調べることで、今我々が当たり前だと思っていることを相対化してみることができます。そのことは、これから我々がどうすべきなのかを考える重要な手がかりを与えてくれるのです。
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