錯覚が教えてくれる脳のメカニズム

錯覚が教えてくれる脳のメカニズム

錯覚が脳のメカニズムを教えてくれる

「本当は同じ長さの2本の線が、端の部分がYの形や矢印の形になっているだけで、長さが異なって見える」「動き続ける模様を一定時間見続けた後に静止画を見ると、動いて見える」、そんな不思議な錯覚を体験したことがあると思います。これらの錯覚は、簡単に言うと、あなたの脳がだまされて生じるものですが、「脳がだまされる」という「特殊な働き」が起こった原因がわかれば、「普段の働き」もわかります。つまり、錯覚は、脳のメカニズムを明らかにするための道具なのです。

「見る」とは木を見て森を見ず、森を見て木を見ず

不可能図形といって、一部分ずつ見るとどこも正しいのに、全体的にはつじつまが合わないという絵があり、不可能とはなかなか気づきません。脳は局所を精密に見る下位プロセスと、多くの場所から上がったそうした情報を束ねる上位プロセスがあるのです。木が木であることは精密な処理で認知できますが、森であることは、ここかしこに木がたくさんあるがゆえに森に違いない、と推論しているのです。とはいえ、森を見ているときに個々の木をすべて精密に知覚しているわけでもありません。いったん森を森と認知してしまうと、森っぽい「要約された模様」が心に浮かぶだけで、局所が少しくらい変化しても気がつきません。

「見る」とは思い込みである

同じ黄色でも、同時に周りに赤があったり、先刻まで同じ場所に赤があったりすると、補色である緑の方向に色が偏って見えます。このことから、網膜に映る光そのものでなく、周囲や過去との違いを取り出した結果が私たちの明るさ・色の見え方だとわかります。光そのものは照明の影や時間変化で時々刻々変わるので、違いを見た方が、本当の物体表面特性のヒントになります。網膜像は世界を再現するにはあまりに貧弱で、脳の計算能力も有限です。目の前に広がっている視覚世界とは、限られた資源をもとに脳が最大限努力して世界の構造を推定した有り様、すなわち、脳が網膜像を参考にして作り出した世界観なのです。

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東京大学 文学部 行動文化学科 准教授 村上 郁也 先生

東京大学 文学部 行動文化学科 准教授 村上 郁也 先生

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心理学、認知科学、脳科学、神経科学

メッセージ

学問は、まるで生きているかのように日々進化していきます。脳科学もここ数十年で大きな進化を遂げてきました。脳と心の仕組み・関係の研究というのは、文系でも理系でも行われています。文系・理系の異なる学問分野の研究者たちが知恵を持ち寄って、新しい理解に向かって進んでいるのです。あなたは教科書に書かれていることを普遍的で正しい内容だと思い、今まで覚えてきたかもしれません。しかし、大学では、そんな暗記型の勉強はないと思ってください。「生きた学問」に触れて興奮し、共感・共鳴していくのが大学での学びなのです。

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東京大学は、学界の代表的権威を集めた教授陣、多彩をきわめる学部・学科等組織、充実した諸施設、世界的業績などを誇っています。10学部、15の大学院研究科等、11の附置研究所、10の全学センター等で構成されています。「自ら原理に立ち戻って考える力」、「忍耐強く考え続ける力」、「自ら新しい発想を生み出す力」の3つの基礎力を鍛え、「知のプロフェッショナル」が育つ場でありたいと決意しています。