20世紀演劇の革命的傑作『ゴドーを待ちながら』の魅力
20世紀演劇に革命を起こした作品
サミュエル・ベケット(1906~1989)の戯曲『ゴドーを待ちながら』(1953年パリ初演)は、それまでの演劇に革命を起こした非常に重要な作品です。「不条理劇」の元祖とも言われます。
最も革命的な点は、「何も起こらない」ことです。全編を通じて主な登場人物であるホームレス二人が「ゴドー」をひたすら待つだけで、出来事らしい出来事は(ポッツォとラッキーが来るほかは)何も起きません。その間、二人はたわいない会話をして時を過ごすのみです。このように常識破りだったため、初演時には怒りだす観客もいました。しかし現在では、革命的作品だという評価が定まっています。
「笑い」の要素
この作品には喜劇映画に想を得た要素がしばしば登場します。二人のホームレスは漫才の掛け合いのようなやりとりを繰り返しますが、これはヨーロッパ伝統の道化二人組の流れを汲んでいます。また、途中登場人物たちが何周も互いに帽子を渡し合う場面がありますが、これはアメリカのヴォードビルによく出てくるおなじみの「ネタ」です。
ベケットは若いころにチャップリンやキートンなどの喜劇映画に親しんでおり、この作品に娯楽映画の要素をふんだんに取り入れました。笑いはこの作品の重要な一面です。
人間の存在の問題
しかし一方、この作品には、人間の存在について深く突き詰める20世紀の重要な思想を読み取ることもできます。ひたすら来ないゴドーを待っている間、気を紛らわすだけという状況は、人生そのものとも言えるからです。
この思想の背景には、二つの世界大戦で人間が人間らしい扱いをされなかった事実があります。20世紀にはハイデガーやサルトルなどがこの思想潮流を担いましたが、さかのぼると19世紀のキルケゴール、さらには17世紀のパスカルにまでその思想の源流をたどることができます。
娯楽的要素と深いテーマ、両面のバランスをうまくとりながら演出することがとても難しい作品ですが、二面の存在こそが傑作たるゆえんだと言えるでしょう。
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