ゲノムの性差が哺乳類の個体発生を支配する
哺乳類の個体発生には精子と卵子が必要である
ヒトは父親(精子)と母親(卵子)に由来する一対のゲノムを持っており、それぞれが協調し合って個体発生を成し遂げます。では、一方の親のゲノムだけで個体が誕生することは可能でしょうか? 哺乳類に限って言えば、答えは「ノー」です。個体の発生が途中で停止してしまい、決して生まれることはありません。ですから、哺乳類の個体発生には精子と卵子とが必要なのです。その大きな理由は、哺乳類では個体発生において精子と卵子に由来するゲノムが全く同じ働きをするわけではないことによります。
ゲノムにも性差がある
個体発生過程において、多くの遺伝子は精子と卵子に由来するゲノム両方から発現します。しかし、中には精子または卵子のうちどちらか一方のゲノムからのみ発現する遺伝子が存在します。このような遺伝子は、ヒトやマウスで現在までに200個以上見つかっています。これらの遺伝子の存在が、結果として、精子と卵子に由来するゲノムの働きの違いを生み出します。例えば、胎児の成長を促すインスリン様成長因子2(IGF-2)は、精子由来ゲノムからは発現しますが、卵子由来のゲノムからは発現しません。このように、一方の親のゲノムからのみ発現する遺伝子が存在するのは哺乳類の特徴です。
個体発生における胎盤の重要性
母親のおなかの中で胎児が育つ際、胎盤を作るのも哺乳類の特徴の一つです。胎盤は母親から胎児に栄養を供給するという大事な役割を果たしています。したがって、うまく機能できる胎盤がなければ胎児は成長することができなくなり、流産や死産を引き起こします。胎盤の形成は、精子由来ゲノムにより促進され、卵子由来ゲノムにより抑制されることが知られています。しかし、詳しい機構についてはまだまだ未知な点が多く残されています。今後、このような未知な点を明らかにすることで、流産や死産の防止に役立てることができると考えられます。
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東京農業大学 生命科学部 バイオサイエンス学科 教授 小川 英彦 先生
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