領土の考え方の違いが、東アジアの緊張関係を生み出す

領土の考え方の違いが、東アジアの緊張関係を生み出す

日本と中国で分割されかけた琉球

1880年、琉球(現在の沖縄県)は、日本と中国(当時「清」)の間で分割される寸前でした。1871年に日清修好条規を結んだあと、日本は中国に通商方面において改正することを求めたのですが、中国は条約改正の期限を理由に拒否しました。その頃、日本と中国の間で琉球処分に関する外交問題が起きます。日本が琉球を琉球藩、沖縄県として日本に統合するときに中国が抗議したのです。明治政府は薩摩藩が琉球を支配していたことを主張し、中国は琉球との500年にわたる朝貢関係を理由に琉球は独立国だと主張しました。両国は一歩も譲らず、交渉は暗礁に乗り上げることになります。

前米国大統領の介入

2国間に調整役として介入を依頼されたのが前米国大統領のグラントでした。グラントは両国が互いに譲歩することを勧め、琉球の分割案を提案しました。明治政府はこれをチャンスと捉えて、琉球問題と以前から切望していた条約改正とを結びつけ、同時に解決しようとしました。琉球問題については宮古島と八重山列島を中国に譲渡し、沖縄本島を日本の領土とする。条約改正については日本が中国との関係において欧米と同じ恩恵を受ける最恵国待遇を求めました。当然、中国にとっては不利な内容でしたが、その頃中国はロシアとの間に領土問題を抱えていたため、日本の条件を呑むしかなかったのです。

現代につながる東アジアの領土問題

この交渉は、中国とロシアの領土問題が解決したため、白紙に戻り調印・批准はされませんでした。その後の日清戦争で正式に沖縄は日本の領土になり、現代に至っています。しかし、沖縄県に属する尖閣諸島については今も中国や台湾が領有権を主張しています。
このように日本と中国の領土問題は、日清戦争以後の領土を基準にしている日本と、朝貢関係時の領地を基準にしている中国の領土に対する考え方の違いから発生しています。同じように東アジアでは、中国が清朝時代の領土観に基づいて外交を進めているため、中国とそれ以外の国の間で緊張関係が続いているのです。

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名桜大学 国際学部 国際文化学科 上級准教授 山城 智史 先生

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東アジア政治外交史学

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