合理的・論理的だけではない? 中国古代思想で「知」の壁を超える!
時代を超える「古典」の言葉
中国には紀元前から、人々が思索を重ね、検証してきた歴史があります。その伝統の中でもっとも熱心に取り組まれてきたのが、古典への注釈です。『論語』や『老子』は、時代ごとに多くの注釈が作られてきました。裏を返せば、時代によってさまざまな解釈がされながらも、古典の言葉は生き続けてきたのです。古典を通じて古代から現代までを見渡すことができる、それが中国哲学という研究分野です。当然そこには、現在の常識とは異なるものの見方をいくつも発見することができます。
想像のための豊かな土地をたくさん持とう
「合理的に物事を行う」「論理的に説明する」。これらは現代に歓迎されている言葉です。高度な科学や豊かな産業は、これらの合理性や論理性のうえに成り立っています。ただしそれは、決して人類の知性にとってのすべてではありません。
たとえば、想像力。想像力があれば経験したこと以外の世界を考えられます。現実には日本の高校生であっても、メジャーリーガーになったり、鳥にだってなることができます。反対にもしも想像力がなかったならば、私たちは経験した事実や目の前の現実にしか対応できなくなってしまいます。
私たちは足の裏で地面に立っています。今、実際に足で踏んでいる場所(現実)以外の周りの土地は、現実の外側、いわば想像力の余地だとしてみましょう。もしも実際に踏んでいる場所以外の土地を100mの深さまで掘ったとしたら、グラグラとして私たちは立っていられないでしょう。このようなイメージで、人は想像力に支えられているのです。周囲の土地が広ければ広いほど、足場は安定し、世界は豊かな色彩を見せるはずです。そこに貢献できる資源の一つが、中国古典なのです。
私たちの古典
一般に、日本文化の基盤には中国文化がある、ということはよく言われます。そうであるならば、中国古典とは我が国にとっての古典でもある、私たちにとっての古典でもあるといえます。新しい自分と世界に向けて古典があるということは、必ずしも逆説ではありません。
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二松学舎大学 文学部 中国文学科 講師 和久 希 先生
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