みんなの健康のためなら何をしてもいいの? 公衆衛生倫理と政策
健康と人権のバランス
2020年に新型コロナウイルスが確認され始めた頃、横浜港に停泊したダイヤモンド・プリンセス号という豪華客船内に乗客と船員が隔離されたことがありました。船内で数名の感染者が確認されたため、日本での感染拡大を防ぐ目的で船内に留まってもらったのです。多くの日本国民はこの判断を肯定的に受け止めましたが、乗客たちの基本的人権は侵害されており批判もありました。この議論にみられるような、健康に関わる政策の倫理的な側面を考える分野が、公衆衛生倫理学です。
政策が国民を苦しめる?
公衆衛生の政策には感染症対策だけでなく、生活習慣病への対策を講じるヘルスプロモーションもあります。こちらの政策も、やはり慎重に実行しなければなりません。
2016年に「健康ゴールド免許」という制度が提案されたことがありました。その趣旨は、健康診断を受けるなどして健康に気をつけている人は医療費の自己負担が下がるようにしてはどうか、というものでした。しかし、このような政策は「健康でない人はがんばっていない」という誤ったマイナスイメージを与えかねないものです。一見して健康のために有益な政策や制度でも、それを倫理的側面から考えていくことはとても大切なことです。
実際に何ができるようになるのかを考えよう
手掛かりになる手法のひとつが「ケイパビリティ・アプローチ」です。これはアマルティア・センという経済学者が考えたもので、「自由とは、その人に実際に何ができるかである」という観点から政策を検討します。例えば「健康のために野菜を食べよう」と呼びかけても、お金がない人は野菜を買えません。すると所得の高い人ばかりが健康になり、健康の格差はむしろ拡大してしまうかもしれません。自由を実現するためには、ただ単に障害となるものがなかったり、環境が用意されたりしているだけでは不十分で、個人の状況に合わせた支援も必要になるのです。このように、自由や権利をめぐる哲学的な検討をふまえながら、公衆衛生倫理の研究は行われています。
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