小説が描く女性の「性」:時代によるその変化とは
文学における女性の性
女性の性にまつわる規範(ルール)意識は、日本の文学作品の中でさまざまに描かれてきました。男性作家がほとんどを占めていた太平洋戦争後の文学界では、坂口安吾や大岡昇平、三島由紀夫といった巨匠たちが、性交時に性的快感が得られない「不感症」の女性をモチーフにした作品を数多く書き残しています。その物語は、不感症であるとされる女性が、曲折を経て不感症を克服して性的快感が得られるようになりますが、最後は命を落とすという展開が大半です。
カストリ雑誌的な言説
戦後の言論の自由の浸透とともに、「カストリ雑誌」というポルノ的な要素が強い大衆雑誌が流行します。その中ではしばしば女性の性欲や性的快感が取り上げられましたが、いずれも男性視点で書かれた、客観性・信ぴょう性に乏しい記事が大半です。こうしたカストリ雑誌で描かれる「エセ性科学」の影響は、当時の文学作品にも及びました。例えば坂口安吾の『花火』という小説では、「女性が性的快楽を得られるようになるのは30歳を超えてから」という、いかにもカストリ雑誌的な言説が、女性が発したせりふとして書かれています。
擦り切れるほど読む
時代が現代に移ると、主要な文学賞の受賞者に女性作家が数多く名を連ねるようになりました。例えば金原ひとみの作品には性に関する描写が数多く登場しますが、一貫して作者の性=女性の視点から書かれています。一方で、新しい形の小説を追求し、高く評価されている村田沙耶香の作品でも女性の性が描かれますが、そこには戦後の坂口や三島の時代の古い価値観が見え隠れします。
このように、多くの作家が捉えようとしてきた「女性の性」を含め、個別の人間、とりわけマイノリティの「生」を主題にしてきたメディアが文学です。紙が擦り切れるほど読み込むような文学研究を行うと、結果として時代ごとのジェンダーやセクシュアリティなど、社会から軽んじられている当事者の存在やないことにされてきた問題が浮き彫りになってきます。
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