魚の放流、その功罪を考える
種の遺伝子多様性を失わせる放流
数が減った魚を増やすために行われる稚魚の放流は、一般には「よいこと」のように考えられていますが、必ずしもそうではありません。今は「完全養殖」という技術によって、放流される魚は少ない数の親から作られています。しかし、自然の世界はそうではありません。生物は進化の過程で、種全体としていろいろな環境の変化に対応できるように遺伝子情報を蓄積しています。親が少ないと特定の環境にしか対応できない魚だけになり、種の遺伝子多様性が失われてしまうのです。そうなると、環境が変化した時に、最悪の場合、種全体が滅びてしまう恐れがあります。
放流後のモニタリング調査が重要
種全体が滅びてしまわないようにするためには、放流後のモニタリング調査が大切です。稚魚や卵を採取し、分子生物学的な方法で遺伝子の多様性が保たれているかを調べます。子どもから親をたどることが可能なので、新たに産まれた稚魚の親が放流魚にかたよっていることがわかれば、その後の放流を回避するなどの対策を打つことが可能になります。ただ実際には、数を増やすことだけを目的に放流されてきたため、そのような調査は手薄になっているのが現状です。
徹底した資源管理で魚の減少を回避
放流の効果という問題もあります。日本では毎年90種くらいの魚が放流されていますが、すべての種で効果があるわけではありません。なぜ効果が出ないかを調べるには、まずは魚の遺伝子解析を行う必要があります。ただそのためには種ごとに解析ツールを作る必要があり、研究者の数が限られていることを考えれば現実的ではありません。日本の魚の数は一部を除けば、保たれているか減っているのが現状です。そこで、今まで以上に徹底した資源管理が必要になります。漁業資源の確保のためには、産卵期の捕獲禁止や漁獲量の制限などを行い、放流だけでなく種の多様性を維持しながら魚の減少を食い止めなければならないのです。
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先生情報 / 大学情報
広島大学 生物生産学部 生物生産学科 准教授 海野 徹也 先生
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魚類遺伝学先生への質問
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