植民地時代の台湾の日本語教育を探ってみると

植民地時代の台湾の日本語教育を探ってみると

台湾ではなぜ日本語が通じる?

台湾旅行中に年配の台湾人から日本語で話しかけられた、という経験がある人は多く見受けられます。台湾に日本語が根付いている理由は、歴史をひもとくとわかります。1895年から1945年までは日本が台湾を植民地としており、植民地時代は学校で日本語教育が行われていたため、年配の台湾人も幼い頃に習った日本語を使えるのです。

植民地時代の日本語教育

台湾で日本語教育をするにあたり、「日本語をどう教えるか」という新たな課題が浮上しました。台湾語しか知らない子どもたちに日本語を教えるのは、日本人に英語を教えるようなものです。外国語としての日本語を教えるためには教科書も必要ですが、日本語しか書かれていない教科書を使っても、子どもたちには理解できません。現代の日本でも英語を学ぶときは日本語訳をしたり、日本語で説明したりします。そこでまずは日本人が台湾語を調査し、日本語と台湾語を対照した辞書が作られました。台湾に行った日本の教師たちも、日本語を教えるために台湾語を勉強しました。ひとつの外国語を学ぶためにふたつの言語を使う、という現代の外国語教育にも通じる手法です。植民地時代初期の学校では、現地の言葉も大切にしながら日本語教育が行われていたといえます。

日本の教育との関係

1895年の日本は西洋風の近代的な教育が広がり始めた頃です。江戸時代の寺子屋とは異なり、明治時代の学校では先生が教科書を使って全国で同じ授業をするという新しい教育が始まったところで、学校での教え方は確立されていませんでした。そのため日本人に対する日本語教育もまだまだ発展途上だったといえます。台湾での日本語教育や教科書作りは、日本語の仕組みを改めて見つめ直し、教え方を探るヒントになった可能性があります。このように日本と植民地時代の台湾での教育を探ると、現代では当たり前となっている学校教育の原点や、互いの社会から受けた影響が見えてくるのです。

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天理大学 国際学部 中国語学科 教授 山本 和行 先生

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