人は手を動かして記憶する
中途視覚障害と点字触読の困難さ
「ダイバーシティ(多様性)」という概念は、成熟した共生社会の条件です。そこには性差や社会的権利の問題だけでなく、障害の問題も含まれており、支援するための研究は欠かせません。視覚障害、特に人生の半ばで視覚障害になられた方にとって、コミュニケーションや学びの方法は限られていました。視覚障害には、全盲や弱視といった程度の差があります。しかし、全盲といっても、皆が点字で読み書きできるわけではありません。中途視覚障害の方の中には、点字を書くことはできても、指先の感覚で読む「触読」の習得に時間がかかり、困難を抱えるケースも少なくありません。
文字を書くことで記憶を助ける
文字や画面を読み上げる機能を搭載した音声パソコンなど、支援機器の普及は、情報の獲得を進展させてきました。しかし、誰でもそうですが、重度の中途視覚障害の方が授業を受ける際、キーボード入力でノートをとるのはたいへんです。記録、記憶の手段は、録音です。「聞く学習」が主になります。ところが、ある比較実験で、墨字(普通文字)を身につけた重度の中途視覚障害の方が、課題を聞いて、手で書くことで、手と脳の連携により、長期的な記憶が残りやすいことがわかりました。短期的な記憶は、音声による学習だけの人や、視覚に障害がない人(晴眼者)との間に大きな違いはありませんでした。学習の4要素は、「読む・書く・聞く・話す」です。たとえ見えていなくても、自らの手で「書くこと」は、人が何かを憶える上で有効と考えられます。
学際連携が支援の鍵
この実験の中で、fMRIで被験者の脳を撮影すると、書字中枢として知られる部分と左海馬が、機能的な結合をして新しい単語を学習することが示され、その単語の音と意味が、左海馬と左前頭側頭言語野の活性化パターンに反映されました。この研究は、脳科学、言語学との連携で実現しました。こうした研究で示されるように、共生社会の実現や視覚障害の更なる支援には、教育の分野だけでなく、他分野との連携が重要と言えます。
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先生情報 / 大学情報
筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 教授 伊藤 和之 先生
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視覚障害コミュニケーション学、障害学先生が目指すSDGs
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