複数の文化やアイデンティティの「はざま」で生きる
移動を生きる人々のアイデンティティ
近代と呼ばれる時代は、自分の生まれた土地から遠く離れて生きる人々が大量に現れました。こうした「移動を生きる」人々はルーツの地域と自分自身が暮らす地域の両方の文化の影響を受けつつも、どちらかに完全に属するわけでもなく、複数の文化やアイデンティティの境界におかれがちです。パレスチナで生まれて、エジプトで育ち、アメリカで高等教育を受けて大学で教員をしていたエドワード・サイードは、複数の文化やアイデンティティのはざまに生きた人でした。サイードは自伝に『Out of Place(場違い)』というタイトルをつけ、どこにいても自分にはしっくりとくる居場所がないというもどかしさをあらわしました。
純粋なアイデンティティなんてない
ナショナリズム論の大家であるベネディクト・アンダーソンは、「永遠不滅の本質が備わったアイデンティティなど存在しない。アイデンティティとは対立・矛盾した要素が混じりあっていて、これが近代社会の特徴のひとつにもなっている」と主張します。こうした時代や社会の状況に応じてアイデンティティはつくられ、また、変化もするという立場のことを構築主義と呼びます。
アンダーソンは中国の昆明でアイルランド人の父とイギリス人の母との間に生まれ、イギリスで高等教育を受けた後に、長らくアメリカで研究をしていました。アンダーソン自身も居場所のなさを感じながら、混じり合うアイデンティティについて考え抜いた一人なのです。
ポストコロニアリズム
こうした「移動を生きた」旧植民地出身者の目で社会を見直す学問として、「ポストコロニアリズム」があります。ポストコロニアリズムは政治学・歴史学・社会学・人類学・文学・ジェンダーなど、さまざまな領域の知見を横断しながら、これまでの社会の「当たり前」を根底から検証します。ポストコロニアリズムを学ぶことは、社会の中で人に居心地の悪さを与えるさまざまな当たり前から自由になる、豊かなものの見方を養う、知的な営みなのです。
※夢ナビ講義は各講師の見解にもとづく講義内容としてご理解ください。
※夢ナビ講義の内容に関するお問い合わせには対応しておりません。