独裁者が語る「平和」の落とし穴 ヒトラー演説を分析する

独裁者が語る「平和」の落とし穴 ヒトラー演説を分析する

ヒトラーはなぜ人の心を動かせた?

独裁者はどのような語り口で人々の心を動かすのでしょうか。ヒトラーを事例に見てみましょう。ドイツ語が理解できないと、ヒトラーは巧みなジェスチャーと情熱的な話しぶりで人々を魅了したと思うかもしれません。しかしヒトラーが演説で語った150万語を超えるドイツ語を分析してみると、ことば自体にいくつもの仕掛けがあったことがわかります。

「平和」に隠された意味

ヒトラーの演説で使用頻度が上位100位までの名詞には、「発展」、「未来」、「自由」、「理念」等々の《なんとなくよさそう》に聞こえる抽象名詞がたくさん入っています。実際に何を「発展」と称し、どんな「未来」を描くのかは人によってさまざまで演説者と同じとは限らないのですが、これらの抽象名詞を見せて国民を言いくるめることができます。意味が曖昧であるからこそ、抽象名詞は国民のさまざまな願望を叶えるマジックワードとなるのです。
なかでも「平和」という抽象名詞を、ヒトラーは政権についてから頻繁に用いました。戦争への準備を着々と進めていたことを考えると、「平和」ということばには真実をオブラートで包み、開戦の足音から国民の注意をそらす意図があったと解釈するべきでしょう。

現代も使われているレトリック

このようにことばを巧みに使って表現の効果を高める方法を、レトリック(修辞法)といいます。古今東西、為政者の巧みなレトリックには注意が必要です。ロシアのプーチン大統領が2022年に「平和の維持」という表現でウクライナ侵攻を正当化したのは、ヒトラーが1939年に「平和を愛する心」という表現でポーランド侵攻を正当化したのとまさに同じです。また、今のドイツで移民・難民の排斥を主張する右翼政党が、ナチズムのレトリックと語彙を巧妙に再利用して国民を動員しようとしています。煽動的政治家の巧みな語り口は、過去のものではありません。今そこにあるのです。《誘導することばを聞き分けよ!》と、歴史は教えてくれています。


※夢ナビ講義は各講師の見解にもとづく講義内容としてご理解ください。

※夢ナビ講義の内容に関するお問い合わせには対応しておりません。

先生情報 / 大学情報

学習院大学 文学部 ドイツ語圏文化学科 教授 高田 博行 先生

学習院大学 文学部 ドイツ語圏文化学科 教授 高田 博行 先生

興味が湧いてきたら、この学問がオススメ!

歴史語用論、歴史社会言語学

先生が目指すSDGs

メッセージ

ロシアのウクライナ侵攻など、多くの人が予想していなかったことが起こる世の中になりました。今後の世界のあり方を考えるとき、歴史に学んで《真実を見極める力》を育むことはますます重要です。
文学部での学びは、現在そして過去の資料をもとにして人間の営みというブラックボックスを解明することだと言えます。資料に書き留められたさまざまな情報を解析するに際して、英語に限らずドイツ語やフランス語などさらに言語ができると、真実にピントがグッと合ってきます。そんな学びを大学で一緒にやってみませんか。

学習院大学に関心を持ったあなたは

ワンキャンパスで少人数教育を重視する学習院大学は、学生と教員の距離が近く、のびのびと学べるアットホームな校風が自慢。JR山手線目白駅から徒歩30秒という抜群の立地に、東京ドーム約4個分の広大なキャンパスを持ち、四季折々の美しい自然とともに大学生活を送れます。高い研究力に支えられた専門性、ワンキャンパスに5学部17学科が集う環境を活かした学際性の両面から、ブレない芯と、しなやかな協調性とをそなえた”T型人材”を育成します。