被害者の生命は加害者の生命でしか償えない? ~道徳と刑法の違い~
偽装心中は悪質な殺人罪なのか
刑法の罪や量刑は、道徳(国民感情)と必ずしもイコールではありません。ここではそのことを、いわゆる「偽装心中」は殺人かを例に考えてみましょう。事件の当事者は結婚の約束までした仲の男女でしたが、女が重荷になった男は、別れ話を持ち出しました。思いつめた女は心中を提案します。男はそれを承諾しましたが、本心では死ぬつもりなどありませんでした。後日、男は毒入りの飲み物を用意し、女に飲ませ死亡させましたが、男は飲みませんでした。この男は殺人罪に問われるのでしょうか?
殺人罪か同意殺人罪か
「当然だ。女をだました男を、重く処罰すべきだ」「殺人罪にしなければ被害者が浮かばれない」と考える人は多いかもしれません。最高裁は、「被害者が本当のことを知っていれば毒を飲まなかっただろうから、死に対する同意は無効である」として、殺人罪としました。
しかし、刑法は殺人罪のほかに、被害者の同意を得て殺した場合に同意殺人罪という規定を置いています。この問題を解くカギは、「被害者の死に対する同意が有効かどうか」です。学説では最高裁とは異なり、だまされて毒を飲まされたのではない以上、「死ぬこと」に対する同意はなお有効で、同意殺人罪が適用される。「一緒に死んでくれるなら」というのは動機に過ぎず殺人とする決め手にはならないという意見が有力です。
感情で判断せず、論理的に考えるのが基本
被害者に感情移入することは簡単ですし、一定の説得力もあります。しかし法学はそれほど単純でウエットではありません。「女をだまして死なせた男は悪人」=「殺人犯」ではないのです。だますことで直接人の命を奪うことは物理的に不可能だからです。そうではなく、「なぜ殺人罪に当たるのか」あるいは「なぜ同意殺人罪なのか」をドライに考え、説得的で緻密な論理を組み立てるのが法学です。この事件で殺人罪とした最高裁が被告人に科した刑は、懲役6年(同意殺人罪の最高刑は懲役7年)という、殺人としては軽い刑であった理由も考えてみる必要があるでしょう。
参考資料
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先生情報 / 大学情報
立正大学 法学部 法学科 教授 友田 博之 先生
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