海賊版から広がる音楽の世界 バロック時代の出版革命

フランスでの楽譜出版
西洋音楽の歴史において、17~18世紀はバロック音楽の時代と呼ばれます。この頃、フランスやイタリアで生まれた音楽がオランダで出版され、イギリスやドイツに広がっていきました。
フランスでは、16世紀に楽譜出版が始まり、グーテンベルクの発明した「活版印刷」を応用した方法が用いられていました。しかし、音符を活字として組む作業は非常にコストがかかる上に、音楽記号の多くが丸や曲線を含むため、仕上がりもあまり美しいとは言えませんでした。
技術者がオランダに定着
そこで、新たに登場したのが「彫版印刷」です。版画に由来するこの技術は、音符を活字として並べるのではなく、柔らかい金属に楽譜を掘り込み、そこにインクを流し込んで刷る方法です。これにより自由に曲線を表現できるようになり、製作コストも抑えられたため、小規模な出版業者が多く誕生しました。しかし、伝統を重んじるフランスでは、印刷業者を名乗るには王政からの許可が必要で、新規参入が難しい状況にありました。
一方、港湾国家として栄えたオランダでは、新技術を持つ人々が市場に参入しやすい環境がありました。17世紀後半、フランスでは強権的なルイ14世によってプロテスタントが迫害され、約20万人が国外に亡命しました。彼らは技術を持つ職人であることが多く、一部はオランダに行き着きました。その後、オランダでは亡命フランス人たちによる出版社が数多く設立されて、出版業が急速に発展していったのです。
海賊版の楽譜
オランダでは、フランスで作曲された音楽が無許可で出版されていました。これらの楽譜には、長大なオペラを短縮したり、メロディーとベースだけを拾って自由にアレンジを加えたりといった改変が施されたものもあります。当時は著作権の概念がまだ存在しなかったことから、オランダの楽譜は流行曲を手軽に演奏できるものとして広く受け入れられました。こうして、宗教的な理由からフランスを去ったプロテスタントたちが、フランス文化を国際的に広める役割を果たしたのです。
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愛知県立芸術大学音楽学部 音楽科 作曲専攻 音楽学コース 講師七條 めぐみ 先生
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