石川啄木という作家の、意外な影響を見てみよう

石川啄木は今の時代に合わないか
最近、石川啄木の作品を詳しく取り上げる教科書が少なくなり、図書館の本棚からも啄木の伝記が減っています。直木賞作家の窪美澄さんの小説『じっと手を見る』のタイトルは、啄木の歌集『一握の砂』にある有名な歌の一節ですが、ピンとこない人も増えているようです。そのようなことになった理由の1つに、貧しくとも清い心を持つ「清貧」のイメージが強い啄木の作品が、現代人に合わないことが挙げられます。しかし啄木の影響は、意外な形で以後の若い世代に及んでいます。
若者を引きつけた猟奇的表現
啄木の短歌に、「どんよりと くもれる空を見ていしに 人を殺したくなりにけるかな」があります。啄木が自身の内面を表現した歌ですが、ドキッとする猟奇的な言葉が用いられています。そのためか、あまり文学的評価はされていません。しかし伝統的な短歌の詩形に猟奇的な部分を取り入れた初の試みは、大きなインパクトがありました。例えば夢野久作は、『猟奇歌』という短歌で、病的な人の本質的な闇の部分を表現するのに、啄木の猟奇的な部分を取り入れました。そんな夢野久作に影響を受けた寺山修司は、自身を演出するための道具として、自身の短歌に猟奇的な部分を用いました。啄木が試みた新しいさまざまな表現は、影響を受けた文学の中に息づいています。ただ、その起源であるはずの啄木の姿が見えないため、多くの人の啄木のイメージは「清貧」のままなのだと考えられます。
さらに面白くなる文学の見方
近年の啄木の日記研究から、彼が代用教員時代に住んでいた地域の童話や伝説、俗謡(歌謡)を調査したことがわかりました。明治期のこの調査は全国で行われたもので、のちの民俗学研究に生かされることになります。啄木に民俗学とのつながりがあったことがわかります。また啄木は、のちに作品に「俗謡」という言葉を登場させて、得た知識を生かしています。作品や作家自身を深く掘り下げると、文学の見え方はさらに広がっていくのです。
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