皇帝は部下に気を遣っていた? 史料が明かすリアルな姿

漫画やゲームでは絶対権力者だが
秦の始皇帝や三国志など、古代中国を扱った漫画やゲームでは、「皇帝」を絶対権力者として描くことがありますが、実像は異なる部分もあります。例えば漢王朝(前漢:前206~後8年、後漢:25~220年)には、「三公」とよばれる宰相と、「九卿(きゅうけい)」という大臣を中心とする官僚機構があり、皇帝を補佐しました。政策は官僚が議論し、皇帝が最終決定を下します。そこでは皇帝が自身の意見を撤回して官僚の反対意見を採用したり、逆に事前に官僚に根回しをして有利な結論へ誘導したりすることもありました。
皇帝と周囲の関係
さらに唐王朝(618~907年)になると、「三省六部(さんしょうりくぶ)」という役所が政治の実務を担います。ここでも、政策を議論して皇帝が最終決定を下しますが、その後に「門下省(もんかしょう)」という役所で再度チェックされ、時には決定が拒否されることもありました。
官僚を相手に立ち回り、時に意見が覆される皇帝の姿は意外なものですが、それだけ皇帝が官僚に気を遣っていたと見ることもできます。中国の王朝では権力争いが絶えず、一族によって皇帝の地位がおびやかされることも珍しくありませんでした。皇帝にとって官僚は、皇太后・皇后の一族の「外戚(がいせき)」や身の回りの世話をする「宦官(かんがん)」と並び、数少ない頼れる味方であり、また油断のならない存在だったのです。
歴史を構成するピースは
こうした古代中国の政治の姿を研究するには、史料が不可欠です。司馬遷の『史記』のような歴史書は重要ですが、それらは王朝側がまとめたものであり、すべてを事実ととらえるには注意が必要です。そこで重要になるのが、「詔勅(しょうちょく)」などの行政文書です。これらは紙ではなく、竹や木に文字を記した「竹簡」や「木簡」として出土します。竹簡などの文字を一つ一つ確認し、歴史書と照らし合わせるなど、パズルのピースを埋めるように丹念に検証することで、当時の社会の実像が解明されていくのです。
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就実大学 人文科学部 総合歴史学科 准教授 渡邉 将智 先生
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