公園は誰のもの? その歴史を通じて日本社会が見える

大人のための社交場
歴史社会学という学問では、社会にあるさまざまなものの起源を解き明かしていきます。一例として「公園」を取り上げてみましょう。
日本にも古くから行楽地はありましたが、近代的な意味での公園が生まれたのは明治になってからです。近代化を進めていた日本政府は、市民を啓蒙(けいもう)する場所として公園を位置づけ、「立派な大人たち」が余暇や社交を楽しむ空間として想定しました。しかし、実際には政府の想定通りにはいかず、ボロボロの服を着た労働者たちが昼寝をするなど、理念と現実との間に大きなギャップが生まれていくことになります。
子どものための遊び場
現在の公園には子どものための遊び場というイメージがありますが、公園が誕生した当初は、子どもは邪魔者扱いされていました。公園が子どものための場所に変わり始めたのは1920年代から1930年代にかけてのことです。1920年代に入ると街中を走る自動車が急増して交通事故が増え、それまで子どもの遊び場だった路上が安全な場所ではなくなっていきました。さらにこの時期は、児童福祉への関心が高まった時代として知られています。こうした社会動向を背景に、公園が子どものための空間へと変化していったのです。
ホームレスの受け皿
公園の管理を考える上で、ホームレス(野宿者)の問題は長年にわたる課題となっています。その歴史は昭和恐慌が起きた1930年代までさかのぼり、公園はホームレスの一時的な受け皿として機能してきました。1930年代には、一般の利用者との共存をめぐって、ホームレス側が周囲を不快にさせないよう配慮して振る舞うのであれば、市民もその存在を黙認すべきだという管理指針がありました。この指針は一見すると寛容に見えて、実は大きな危うさをはらんでいます。なぜなら、少しでも一般利用者を不快にさせたと見なされれば、それを理由に排除を正当化してしまうからです。
このように、公園という身近で何気ない場所さえも、社会についてより深く考えていくための入り口となるのです。
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