「本当の自分」に出会うには

人間のあり方を問う
実存哲学とは、一人一人の自己のあり方を問い直す思想です。社会の常識や周囲の状況に流されることなく、自分自身が生きる意味を見つめ直すことに重きが置かれます。ドイツのカール・ヤスパースは、この実存哲学を代表する哲学者の一人です。精神病理学を出発点としたヤスパースは、病気や孤独による苦しみや、戦争という社会の大混乱に直面しながら、哲学を通じて「本当の自分」とは何かを問い続けました。
限界の先にあるもの
ヤスパースが示した概念に「限界状況」があります。死や苦しみ、罪や闘争といった人生における極限のできごとを、避けることなく正面から向き合ったときに、人は初めて自分自身の固有の本質に気がつくという考え方です。ヤスパースは幼少期から気管支系の重い病を患い、「30歳まで生きられないかもしれない」という不安にもかかわらず思索を深めていきました。さらに、良い学友に出会ったヤスパースは、自分の内面に向き合うだけでなく他者と交流することで、より豊かな自分に出会えるとも説きました。しかし戦時中にナチスから、ユダヤ人である妻と離婚するか大学の職を手放すかの二択を迫られて退職を選び、苦難の日々が続きました。まさに限界状況に直面しながら、自分の信念を守り続けたのです。
現代社会を生きるヒント
戦後、ヤスパースは敗戦国となったドイツの戦争責任に向き合い、罪を「刑法的責任」「政治的責任」「道徳的責任」「形而上学的責任」の4つに分類して論じました。特に、形而上学的責任を、「刑法上、政治上、道徳上の責任はなくても、同じ人間として苦しんでいる他者を見過ごしたことに対する責任」とみなしました。人は法律や政治といった社会のシステムを超えたところにある根源的な責任を負う、と指摘したのです。
ヤスパースの哲学は、多様性が進む現代社会を生きるヒントとして、今もなお力を持ち続けています。自分自身と向き合いながら他者を尊重して生きる姿勢は、ヤスパースが提唱した実存哲学そのものと言えるでしょう。
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