文献から解く、古代東北の蝦夷(えみし)の謎

文献を批判的に分析
『日本書紀』は古典と言われる著名な歴史書ですが、その内容をそのまま史実と認めるわけにはいきません。例えば、527年の「磐井の乱」についての記事では、軍勢同士の大規模な戦闘が行われたように叙述されていますが、中国の古典と比較すると表現が酷似する部分が多く、戦闘の実態については研究者の間でも理解が分かれています。
このように、文字で記述された文献史料を分析して歴史を明らかにする学問が、狭義の「歴史学」(文献史学)です。日本古代史の分野では、既存の常識や先入観にとらわれず、批判的かつ科学的に文献を分析することで、金印がもたらされた弥生時代から平安時代中期頃までの歴史の謎に迫ります。
「蝦夷」とは誰なのか
飛鳥時代から奈良時代にかけて、東北に「蝦夷(えみし)」と呼ばれる人々が存在したことは日本史の教科書にも記されています。この呼称は、国家が東北の人々を「異民族」視して名づけた蔑称で、それ以前には「毛人(えみし)」と書かれていたようです。しかし、『日本書紀』では古い時代でも全て「蝦夷」としており、有名なヤマトタケルも「蝦夷」を討伐するために東北に派遣されたと記されています。しかし、もう一つの歴史書である『古事記』では、ヤマトタケルは現在の関東までしか行っていません。どの地域の人々が「毛人」と呼ばれ、やがて東北を中心に「蝦夷」とされていったのか、その詳細は明らかではなく、数少ない史料をもとに研究が進められています。
「日本」の成り立ちと蝦夷
飛鳥時代から奈良時代にかけて、大王を中心に地方の豪族を従えていたヤマト王権(倭国)から、律令などの法律・制度の整えられた中央集権国家(日本)に変わっていきます。中国を参考に、天皇を中心とした世界秩序が設定され、辺境の人々は「蝦夷」や「隼人」(南九州)などと「異民族」視されることとなったのです。
「蝦夷」は文献に記録された一つの呼称にすぎませんが、「日本」という国の成り立ちや特質を多角的に捉え、考えるための重要な手がかりとなる存在です。
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大正大学 文学部 歴史学科 講師 大高 広和 先生
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