「匂わせて終わる」のはダメ? 変化する文学の常識

「匂わせて終わる」のはダメ? 変化する文学の常識

「第○回」はいつから?

小説や連続ドラマを「第○回」と数えることがありますが、この表現はいつからあるのでしょうか。日本には『平家物語』や『太平記』など軍記物語の形式があり、個別の章題のほか「巻」「段」という数え方はありましたが、「回」はありませんでした。
『水滸伝』や『三国志演義』といった中国の口語小説が翻訳されたのは江戸時代です。中国小説に使われていた「回」は、翻訳の際に削除されたり、別の表現に改められたりしました。当時の読者には意味のわからない外来語だったのです。一方で当時出版された中国小説の語彙(ごい)解説書には「回」の項目が設けられ、意味が紹介されていました。その後、中国小説の魅力が広く伝わり、「積極的にまねしたい」という意識が生まれると、あれだけ使用を避けられていた「回」は、『南総里見八犬伝』をはじめとする日本の読本にも定着していったのです。

江戸時代はNG手法

中国小説由来の表現はほかにもあります。中国小説では章末で新キャラクターを登場させ、具体的な説明をせず「この人物は何者か、続きは次回!」と締めくくる技法がよく使われました。しかし、このスタイルは日本では嫌われており、翻訳の際にはわざわざ章の区切りの位置をずらし、その人物についてきちんと説明がされ、一段落したところで章を終える形に改められるほどでした。
今ではすっかり定着して、バラエティ番組のCM前などにも使われる手法ですが、江戸時代の人々にとっては違和感があったのです。

「当たり前」が生まれたのは

近世文学が面白いのは、江戸時代が商業出版の起点となった時代だからです。例えばヒット作の類似作が次々と爆発的に生まれるという今の出版界でよく見る現象は、江戸時代にもありました。一方で、今は「当たり前」の文化が曲折を経て出来上がったという歴史も見えてきます。「当たり前」がいつ生まれたのか、疑問を持って作品に触れてみると、文学の面白い一面が見えてくるでしょう。

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先生情報 / 大学情報

盛岡大学 文学部 日本文学科 准教授 紅林 健志 先生

盛岡大学 文学部 日本文学科 准教授 紅林 健志 先生

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日本近世文学

メッセージ

近世文学を学ぶなら、近世の文学作品だけでなく、現代の小説もたくさん読んでみてください。江戸時代の小説と現代の出版文化には、驚くほど共通することがあります。そして、今読んでいる本の「形」、例えば章の分け方や目次の作り方などがいつ、どのようにして生まれたのかなどと、ちょっとした問いを持つことを意識してみてください。それが文学研究の入口になります。疑問を持ち、調べながら古典文学を読む醍醐味に気づいた時、文学研究がとても楽しく感じられると思います。

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盛岡大学は、文学部・栄養科学部の2学部5学科からなる総合大学です。
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