言葉と身体の境界を超えて シェイクスピア研究の今

言葉と身体の境界を超えて シェイクスピア研究の今

「読み物」か「台本」か

1980年代頃までは、シェイクスピアの戯曲は「読み物」として研究される傾向が強く、テキストそのものの解釈をめぐる研究が中心的でした。しかし近年は「上演するため」に書かれた台本として研究する視点も重視されています。例えば、シェイクスピアの時代には女性の役をすべて若い男性俳優が演じており、これを前提としてせりふが書かれていたはずです。このことから、せりふの解釈だけでなく、役者の身体性、衣装など、言葉以外の要素にも注目することが重要です。

日本語で紡ぐシェイクスピア

シェイクスピア戯曲は明治以降、日本でも盛んに翻訳・上演されてきました。翻案作品も多く存在します。日本の翻訳・翻案作品を扱う研究は、「西洋の文明は言語中心主義で言葉を巧みに使う一方、非西洋(特に東洋)は身体性といった言語外の価値を重視する」という二項対立的な見方をときに提示してしまうことがあります。日本のシェイクスピア上演は視覚的・身体的表現の側面から評価されがちでした。しかし実際には、多くの日本の作家や芸術家たちがシェイクスピアの言葉と真摯(しんし)に向き合い、西洋の表現を取り入れながら独自の日本語表現を追求してきたのです。英語の韻や語感を日本語で再現するという以上に「再創造」するという挑戦は、単なる和訳を超えた創造的な営みだといえます。

変容する文化を理解するために

翻訳・翻案されたシェイクスピアの言葉に着目することで、文化と文化が出会う際の複雑なプロセスとその豊かさが見えてきます。英語をそのまま翻訳することは不可能ですが、その「翻訳の不可能性」との格闘の中に、西洋と日本の関係性を考え直そうとするつくり手たちの思想や試みが現れています。シェイクスピア作品の翻訳や翻案は、演劇にとどまらず、映画や小説などさまざまな形で行われてきました。これらを多角的に研究することは、グローバル化する現代社会における文化の混交と変容への理解を深め、さらには二項対立的な文化理解を超える新しい視点を提供してくれるのです。

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先生情報 / 大学情報

津田塾大学 学芸学部 英語英文学科 講師 中谷 森 先生

津田塾大学学芸学部 英語英文学科 講師中谷 森 先生

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英文学、演劇研究

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メッセージ

わからないものを怖いと感じるが故に、人を排除したり傷つけたりすることがあります。しかし、世の中にはわからないことがたくさんあって当然です。「わからなさ」を受け入れて、「なぜだろう?」と好奇心を持つ姿勢が大切です。演劇が面白いのは、自分の知らない世界や人に出会える場だからです。共感できる話も素敵ですが、「こんな人がいるんだ!」と驚くような他者との出会いこそ、豊かな発見をもたらします。未知のものを楽しむ気持ちを持てれば、世界はもっと広がるでしょう。

先生への質問

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西暦1900年、津田梅子によりわが国初の女子高等教育機関の一つである「女子英学塾」として誕生。本学はall-round womenの養成(全人教育)という創立者の先覚的で熱烈な理想に基づき、学生の個性を重んじる少人数教育と高度な教育研究を積み重ねています。卒業生の多彩な活躍と社会的な貢献-男性と女性の真の共生の実現は創立者津田梅子の願いであり、本学が真摯に取り組んできた課題です。性別や世代や国境を越えた交流、大学と地域との交流や「学び合い」を通して、より豊かな人間性を育みます。