なぜ人間だけが絵を描くのか

最初は何かを願うために
人間は昔から狩猟の成功や死後の安寧を祈り、絵を描いていました。そのモチーフには、当時の社会や出来事が映し出されています。例えば、《聖セバスティアヌスの殉教》です。彼は3世紀の伝説的人物で、矢を射られて処刑されたものの死に至りませんでした。そんな聖人の処刑風景が、14世紀半ばになると急に描かれるようになったのです。理由はペストのパンデミックです。人々はペストを「神が堕落した人間に与えた罰」という捉え方をし、矢で射られても死ななかった聖人を心のよりどころにしました。新型コロナウイルス流行期の日本における「アマビエ」のようなものです。
昔は自由に描けなかった
教会は宗教的意味のある絵画を掲げ、「神に願いが届けば救われる」と民衆に説いていました。自宅に私的な礼拝堂のある商人であれば、そこに飾って祈りをささげました。画家はあくまでも教会や商人、あるいは共同体といったパトロンの注文に応えただけで、基本的に画題を選ぶことはありませんでした。もちろんレオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》のような私的な絵画もありましたが、多くの画家が自ら画題を選ぶようになったのは、近代になってからのことなのです。
絵は最強のメディアだった
絵画は大衆にアピールする機能も果たして来ました。映画や漫画もそうですが、視覚メディアの情報量は多く、時には音声言語以上のことを伝えます。キリスト教が布教のため絵を使ったように、異なる言語、異なる文化の人たちにも届くのです。後に識字率が上がったことでそうした社会的機能は失われましたが、いまだ多くの人に気持ちを伝えるには適していることから、アピールの手段として視覚メディアが使われています。現代アートにおいては社会に対して訴える手段として使われますし、広告のプロモーションも商品の良さをアピールするものです。表現方法は変わりながらも、集団生活のコミュニケーションに欠かせない存在として、人間は今後も絵を描き続けるでしょう。
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東京造形大学 造形学部 教授 池上 英洋 先生
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