学校では何を学ぶべき? カリキュラムを再考する

学校で何を学ぶべきなのか
学校の教育内容はあらかじめ決まっていますが、その内容が「なぜ」「どのように」選ばれているかを意識することはあまり多くありません。
学校の教育内容全体の構成はカリキュラムと呼ばれ、「何を教えるか」「どの順番で教えるか」、その選択のあり方が研究されています。日本では学習指導要領に沿って教科や内容が定められていますが、そこには必ず「どの知識や価値観を、学ぶべきものとして扱うのか」という判断が伴います。その判断には、時代や社会の考え方が色濃く反映されているのです。古典が「国語」に加わったのも、近代国家としての一体感を育む意図があったからだという論もあります。この研究では、何が重視され、何が選ばれてきたのかを問い直すのです。
言語教育にみるカリキュラムのあり方
カリキュラムは、国や時代が変われば大きく様変わりします。1970~80年代のイギリスでは、教育内容を国が一律に定める仕組みがなく、学校が独自に教材を開発していた時期がありました。そうした中で生まれたのが「言語意識運動」です。移民の子どもたちの言語を授業に取り入れ、互いの知識を持ち寄る学び合いが各地で実践されました。学ぶ内容や方法は固定されたものではなく、社会の変化に応じて問い直され、変わりうるものだということを、この事例はよく示しています。
見えない学びを問い直す
授業で明示的に教わることだけが、学校で「学ぶ」ことのすべてではありません。日常の慣習や学校文化などを通して、子どもたちは「何が当たり前か」を自然と身につけていきます。これが「隠れたカリキュラム」と呼ばれるものです。例えば、英語と日本語だけを重視する教育は、それ以外の言語の価値を見えにくくしかねません。当たり前だと思っていた学びのあり方を疑ってみることは、多様な価値観への気づきをもたらします。なぜその知識や言語が選ばれているのかを問い続けることが、教育を多角的にとらえ直す視点につながっていきます。
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