80年前の演出ノートが語る人間ドラマ

舞台作品創作の道跡をたどる80年前の演出ノート
20世紀に入りフランスで「演出家」の時代が本格化すると、演出の詳細が記録に残されるようになりました。劇作家ジャン・ジロドゥの作品の上演についても、演出ノートなどの記録が残されています。
ノートからは、セリフの言い方や俳優の動きの検討など、演出家の試行錯誤の痕跡が読み取れます。演劇学のアーカイブ研究は、こうした記録から、作品づくりやその時代背景などを考察することができます。第一次・第二次世界大戦の間の不安定な時代にあって、演劇は社会にどのようなメッセージを届けていたのかが見えてきます。
敵国への愛を抱いた作家の葛藤
ジロドゥはドイツ文化を専門とする外交官であるとともに、演劇作家としても活躍しました。彼が愛したドイツは、戦争によって祖国フランスの「敵」となりました。そんな矛盾した立場にあった彼の作品には、複雑な感情が込められています。
演劇などの表現メディアは、実社会では言えないことを語る場にもなり、また、政治的に利用される広報手段にもなり得ます。時代が不安定な場合は、なおさらそうです。ジロドゥの作品もまた、そうした時代の空気とどう向き合うかが問われていたのです。彼があえて「言わなかったこと」の中に、今を生きる私たちにも響くメッセージが隠されているかもしれません。
名前がつなぐ、言葉と命の記憶
ジロドゥはもともと小説家でした。『シュザンヌと太平洋』は、無人島に漂着した若い女が語り手です。誰とも話さない日々の中で、言葉を忘れかけたことを自覚したシュザンヌは、自分の深い孤独に気づき、絶望します。そのとき、幼い頃に聞いたある老人の名前をふと思い出します。彼のことを覚えているのは、世界で自分一人かもしれない。「私が、彼が生きていたことを証明できる最後の人間なんだ」と気づいた瞬間、彼女は生きることを選びます。
ふとした言葉が、魂を支えることがあります。言葉が、時代を超えて人と人とをつなぐ――それが、文学や人文学のもつ力なのです。
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先生情報 / 大学情報

宮城学院女子大学一般教育部 ※2026年4月から学芸学部 英語文化コミュニケーション学科 教授間瀬 幸江 先生
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