消された言葉から読み解く映画史

消された言葉から読み解く映画史

映画から社会を読む

映画研究は、時代背景や社会との関係を読み解く、歴史学的な学問でもあります。例えば、文学史が作家や作品を時代の流れの中でとらえるように、映画史では映像技術や作品の主題、社会との関わりなど多様な側面を研究します。映画に音声が加わった時代や、カラー化、ワイド画面、3D、デジタル化といった技術の進化も重要な研究対象です。さまざまな切り口がある中で、日本映画史においては、監督や作品の表現に注目する従来の研究に加えて、社会の制約と作品の関係を深掘りする研究が進められています。

墨塗りされた言葉を読む

学問としての歴史は、資料を読み解いて新しい仮説を立て、過去の理解を深める営みです。例えば、日本を代表する映画監督の一人である溝口健二が1930年代に作った『祇園の姉妹』の台本には、内務省による検閲で墨塗りされた箇所が存在します。ある場面では、芸者との関係を終えた男性が帰宅すると、妻に風呂に入るよう促されるせりふが消されていました。この削除は、「けがれた体を清める」という性的な暗示を問題視したと見られます。また、貞淑な芸者が別の男性に乗り換えるせりふも削除の対象でした。こうした検閲の痕跡を調べることで、当時の社会規範や価値観、さらには検閲官の細やかな目線までもが浮かび上がります。

知られざる女性の活躍に光を当てる

長年、映画史は有名な男性監督を中心に語られてきました。しかし実際には、女性の監督も少数ながら活躍し、多くの女性たちが脚本家や記録係(スクリプター)、編集者などとして映画作りに貢献していました。最近では、そうした女性たちの業績を掘り起こして、再評価する研究が進んでいます。例えば、脚本家・水木洋子の最初の作品『女の一生』は、かつては「女性解放の宣伝」「不人気」と見なされていましたが、当時の雑誌記事を調べると、観客から多くの共感や感動が寄せられていたことがわかりました。男性の映画批評家の意見だけでなく、さまざまな立場の人の声を聞くことで、映画史はより豊かなものになるのです。

※夢ナビ講義は各講師の見解にもとづく講義内容としてご理解ください。

※夢ナビ講義の内容に関するお問い合わせには対応しておりません。

先生情報 / 大学情報

京都大学 総合人間学部 人間・環境学研究科 教授 木下 千花 先生

京都大学総合人間学部 人間・環境学研究科 教授木下 千花 先生

興味が湧いてきたら、この学問がオススメ!

日本映画史、映像理論、ジェンダー論

メッセージ

若いうちに、ぜひ芸術に触れる経験をしてほしいです。映画、音楽、演劇など、ジャンルは何でも構いません。大切なのは、本当に良いものに出会って感動した体験を持つことです。自分で演奏や演技をするのも素晴らしいですが、鑑賞者として優れた作品に触れることも重要です。芸術を深く味わった経験の有無で、その後の大学での学びも人生の豊かさも、大きく変わってきます。映画や音楽なら、今はいろいろな方法で手軽に触れられます。心から「すごい」と思える作品との出会いを大切にしてほしいです。

先生への質問

  • 先生の学問へのきっかけは?

京都大学に関心を持ったあなたは

京都大学は、創立以来築いてきた自由の学風を継承し、発展させつつ、多元的な課題の解決に挑戦し、地球社会の調和ある共存に貢献するため、自由と調和を基礎にして基本理念を定めています。研究面では、研究の自由と自主を基礎に、高い倫理性を備えた研究活動により、世界的に卓越した知の創造を行います。教育面では、多様かつ調和のとれた教育体系のもと、対話を根幹として自学自習を促し、教養が豊かで人間性が高く責任を重んじ、地球社会の調和ある共存に寄与する、優れた研究者と高度の専門能力をもつ人材を育成します。