社会福祉は誰のため? 100年前に農村を支えた一人の若者

地域のために
昭和初期の山形では、農業恐慌や小作人制度のもとで農村は深刻な危機にありました。暮らしは厳しく、地域住民は疲弊していました。そうした中で、稲舟村(現新庄市)の地主の長男である松田甚次郎は、自ら小作人の立場に身を置き、地域の現実と向き合います。そして農業振興のための塾を開き、啓発のために農村劇を上演し、婦人の地位向上にも取り組みました。さらに「隣保館」という拠点で農繁期の託児所や共同浴場を設け、出産扶助会を結成するなど、生活全般を支える仕組みを次々と形にしました。地域の暮らしを幅広く支える取り組みでした。
社会制度の先駆け
当時の日本は乳幼児死亡率が高く、農作業中に子どもが事故に遭うことも少なくありませんでした。しかし、農繁期の託児所があるこの地域では事故が減り、出産支援の仕組みによって乳幼児死亡率も下がったとされています。松田は過労のため35歳という若さで亡くなりますが、全国的に社会制度が整うまでの間、こうした取り組みが地域の暮らしを支え続けたのです。戦後の農地改革によって村塾などはなくなったものの、農村劇は継続して上演され、地域に学びと気づきを広げる礎となりました。のちに整えられていく制度に先駆けた試みだったのです。
社会福祉は誰のため?
松田がこれだけのことを実現できた背景には、「実践性」「当事者性」「協力者の共鳴」という三つの要素がありました。実際に行動し、自分ごととして向き合い、周囲の協力を得ながら広がっていったからこそ、一部の人だけでなく、住民みんなの暮らしをより良くする取り組みが実現したのです。
現在、私たちは生まれる前から母子健康手帳などのさまざまな制度の中で支えられ、社会福祉の恩恵を享受しています。自分には関係ないと思っていても、当たり前に感じている毎日の暮らしも、実はその支えの上に成り立っています。社会福祉は、困っている一部の人だけのものではありません。すべての人の生活の質を高めるための取り組みなのです。
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