うつや肥満に影響する? 細胞にある動かない繊毛の謎を解け!

動く繊毛と動かない繊毛
ゾウリムシの体表には無数の繊毛(せんもう)があり、それを動かして水中を泳ぐことはよく知られています。実は私たちの体の細胞にも、「一次繊毛」と呼ばれる動かない繊毛が各細胞に1本ずつ生えています。存在自体は100年も前から知られていましたが、役割がわからず、「忘れられた細胞小器官」とされてきました。しかし、ヒトゲノムが解読された2005年頃から、この繊毛の異常が精神遅滞や肥満、多発性嚢胞腎など多くの病気に関連することがわかり、「繊毛病」という新しい病気の概念が確立されるなど、現在は生命活動に不可欠な器官として注目されています。
情報を受け取る細胞のアンテナ
一次繊毛は、細胞外の情報をキャッチする「アンテナ」の役割を果たしています。例えば、食欲や情動を調整する「メラニン凝集ホルモン(MCH)」の受容体は、細胞膜全体ではなく、この繊毛に集中して存在します。マウスを用いた研究では、ストレスにより、脳の前頭連合野にある一次繊毛がMCHを介して短縮・消失し、その状態が長く続くと、うつ病に似た症状が現れることがわかりました。つまり、繊毛という極めて小さな構造の物理的な変化が、心の健康や食欲といった複雑な生命現象を左右する鍵となっているのです。まさに現代医学における「宝の山」と言える研究分野です。
副作用の少ない新しい薬ができる可能性
現在、この繊毛が短くなる現象の先に、「受容体デリバリー」という新仮説が提唱されています。それは、繊毛が短縮する際、先端を「小胞」という微小なカプセルとして切り離し、内部の受容体ごと情報を外部へ飛ばすという仕組みです。単に信号を受け取るだけでなく、自ら能動的にメッセージを送り出すこのシステムは、従来の生物学の常識を塗り替える可能性を秘めています。このプロセスを自在に制御できれば、全く新しいアプローチで副作用の少ない抗うつ薬や肥満治療薬が誕生するかもしれません。ミクロな繊毛から放たれる「小胞」が、未来の医療を大きく変える可能性があります。
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広島大学 総合科学部 総合科学科 准教授 小林 勇喜 先生
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