日本語の歴史はじまって以来の大事件ーみんなが書けて話せる日本語

思ったまま書きたいのに書けなかった時代
今、あなたが日本語で情報を読み書きできているのは当たり前ではありません。子どもから大人まで共通して使える「書けて話せる日本語の型」がある程度整ったのは、わずか120年前のことです。それより前は、書き言葉と話し言葉で語彙(ごい)や文法が違い、文字も雑多で、方言や階層による差異、場面差も大きかったのです。
明治維新後、近代国家として歩み始めた日本はさまざまな制度を変革しましたが、言葉もその一つでした。日本語をどうするか、多くの試みがなされました。曲折を経て、「東京語を話す知識人が書いた書き言葉を標準語とみなす」との認識が人々の間に共有され、今の日本語となりました。
日本初の近代的な辞書の編さん
当時、新しい日本語を模索した知識人の一人が大槻文彦です。大槻はすべての人が知識にアクセスできることをめざしました。彼の祖父は江戸時代に「解体新書」を翻訳した学者の一人でもあり、その家の者として知識を広めるということに強い思いがありました。
大槻は日本初の近代的な国語辞書『言海』を17年かけて完成させました。最初に手がけたのは文法づくりです。古今東西、膨大な書から言葉を集めて参考とし、文法、語源、表記、発音の一部、意味を記述することをほぼ独力で行ったのです。日本の言葉を決めていくためにも、まずはあらゆる言葉を徹底的に調べるべきだというのが大槻の生涯変わらない姿勢でした。
仮名にこだわった理由
奇異に見えるかもしれませんが、大槻は文字を平仮名に統一すべきだと考えていました。高度な教育を受けなくても本が読め、耳で聞いた通りに書けるように、という思いからです。
2025年、日本政府はローマ字表記をいわゆる「ヘボン式」に正式に変更しました。これは音の通りに書くという「表音表記」にローマ字が変わったことを意味します。表音表記は、大槻の仮名へのこだわりの延長線上にあります。近代日本語の歴史と、使い方を模索した人の考えを知ることは、今の言葉を知ることでもあるのです。
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