文学の表現と音楽の技法は通じる 人の心を揺さぶる仕組み

音の印象が変わる「変奏」
小説で「ガラスの瓶が割れる音」が描写されると、読者はその音に悲哀や絶望を感じることがあります。これは偶然ではなく、そのように心に響くよう、言葉が意図的に組み立てられているからです。例えば太宰治の『女生徒』では、主人公の弾くウクレレが「雨だれ」のようと言われ、可哀そうな(中心はずれの)響きとして表現されますが、物語の終盤では主人公が世界に受け入れられるような、肯定的な響きへと着地します。この仕掛けは、演奏において会場の違いによって異なる響きを得ることや楽曲の一つの主題やメロディを少しずつ変えながら繰り返す「変奏」という西洋音楽の技法に通じます。
言葉の裏側に響く音
ピアノで「ド」という「基音」を鳴らした時、実は1オクターブ上の「ド」や「ソ」といった音もわずかに鳴っています。こうした音を「倍音」といい、音の豊かさや個性に重要な影響を与えます。この倍音の仕組みも、文学に置き換えることができます。例えば小説の中で、英語を習いたての酔っぱらった弟が姉に「I can speak」と言ったとします。作中に聖書の言葉「はじめに言葉ありき」が描かれているなら、「弟のつたない英語」(基音)には、聖書の言葉が倍音として響いていると読み取れます。このように、一見関係のない音楽の手法と、心や世界の感触を表す文章の表現方法が通じることもあるのです。
思考を「開く」「ずらす」
「文学のとらえ方は人それぞれ」であることは否定できませんが、学問として文学を読む場合はそうとは言えません。白いものを「白い」と書かずに白さを表現するのが文学の力であるなら、作品を構成する言葉の配置や仕組みを分析し、その力の本質を解き明かすことに、文学研究の一つの意義があります。
その上で重要なのは、自分の(今もつ)「思考の枠組み」にとらわれないことです。時には音楽や絵画など、小説以外の文化の表現(象徴形式)に目を向け、その手法を学ぶなど、自分の思考を「開く」「ずらす」ことで初めて得られる発見があるのです。
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福岡女学院大学 人文学部 現代文化学科 教授 大國 眞希 先生
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