煩悩は断つより生かせ! 密教が説く、生きるエネルギーの使い方

密教が「煩悩」に出した答え
仏教の中にはさまざまな教えがあり、空海が中国から持ち帰った「密教」もその一つです。仏教といえば「煩悩を断ち切る」教えというイメージがあるかもしれませんが、密教は少し違います。密教では、煩悩は取り除くべき障害ではなく「生きるエネルギー」だと考えます。何かを食べたい、誰かを大切にしたいという欲求をすべて断てば、人は生きていけないからです。
大切なのは欲の向かう先です。自分の欲をより大きな目的へと向け直すことが、密教の考える「生きるエネルギーの使い方」です。自分を満たす欲ではなく、家族や社会のために向かう欲なら否定されません。空海が密教をもとに開いた宗派・真言宗で唱えるお経の中には「欲は本来、清らかなものである」という趣旨の言葉があります。ここに、密教ならではの煩悩観、そしてパワフルに生きることの素晴らしさが表れています。
悟りとは
密教における悟りとは、思い込みや先入観を手放して、自分の心をありのままに、直感的に体で理解することです。それは自分と他者の区別がなくなるほどに「生きること」に没入することでもあります。そうした自分と世界とが溶け合うような、対立や分別を超えた一瞬を体感できるように一生懸命生きることが密教の「悟り」、即ち「より良くパワフルに生きる」ことにつながるのです。
変わらない悩み
真言宗の思想は空海の時代で完成したわけではなく、弟子や後の僧侶たちによって議論が重ねられ、時代の中で問い直されてきました。鎌倉時代には「この世で悟りを開くことは本当に可能なのか」という問いが真言宗の内部でも真剣に議論され、当時の問答記録には葛藤と模索の跡が刻まれています。平安・鎌倉時代の人々が抱えた悩みは、現代と驚くほど重なります。
こうした思想の変遷は、漢文の一次史料を読み解くことで明らかになってきました。古いテキストを読み解くことは、人間が繰り返し向き合ってきた問いと向き合うことでもあるのです。
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