なぜジャワ島に「隣組」が? 歴史を社会学的に読み解く

海を渡った隣組
「隣組」とは、近隣住民同士が連携し、助け合う互助会のような組織です。日本では、1940年9月に制度化されました。その約4年後の1944年1月に、隣組は日本が占領したインドネシアのジャワ島に持ち込まれました。そして、インドネシア独立後も、ルクン・トゥタンガ(Rukun Tetangga)として現在まで残っています。日本がジャワ島に隣組をつくった最大の目的は、現地の住民を効率よく統治するためです。日本軍の命令を全住民に確実に伝えたり、「ロームシャ(労務者)」と呼ばれる労働力を徴集したりと、「動員と統制のツール」として機能したのです。
ゴトン・ロヨン(相互扶助)の復活
一方、隣組は「ゴトン・ロヨン」の復活という役割も果たしました。ゴトン・ロヨンとは、相互扶助を意味することばです。日本の前にインドネシアを統治していたオランダは資本主義と自由主義を推進し、もともと身分差のあった富裕層と貧困層の断裂が一層深まりました。新たな統治者となった日本軍は、「ゴトン・ロヨンを復活させる」というプロパガンダのもと、隣組を立ち上げます。隣組は居住地区単位で形成されるため、結果として、お金持ちも貧しい人も身分に関係なく会合に参加し、言葉を交わすようになりました。さらに農村部では、それまで人前で意見を言う機会がなかった女性たちも会合に参加し、発言を求められるようになったのです。
二面性のある組織
隣組のような組織は、当時の日本やジャワ島に限らず、韓国の「班常会」や中国の「社区」など、さまざまな国、地域で見られます。また、権力者に都合が良いように利用されるという「統制」と、身分や性別を越えた「庶民の交流」を生み出すという二面性があります。この点は、私たちが所属する地域、学校や会社などのコミュニティにも通じる部分があります。
このように、特定の時代や地域の社会構造を深く掘り下げることは、私たちが生きる現代社会の仕組みや、人間関係を客観的に見つめ直す上でも、大きなヒントになるのです。
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創価大学 文学部 人間学科 教授 小林 和夫 先生
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