能力評価に注目して「格差」の所在を問う

格差を広げる能力主義?
「能力主義が格差を助長している」という議論があります。能力が高い人はますます富み、収入が少ない原因をその人の能力の低さに求めるというものです。また能力主義は、人々に努力を強いて疲弊させるといった問題もあります。能力の指標とされる学歴の獲得には、家庭が支出する教育費の違いといった「生まれ」の影響が指摘される一方で、すべてが平等に割り当てられるような社会も現実的ではありません。では、どうすれば私たちは格差の問題を乗り越えられるのでしょうか。手がかりとして「評価される能力とは何か」に着目してみます。
工夫と努力の適切な評価とは
コンビニを例に見てみましょう。コンビニは本部と加盟店の二重構造になっています。商品やサービスの開発などは本部が行い、加盟店は本部の指示を参考に店に置く商品を決定して販売します。一般に「商品やサービスの開発は難しく、それを担う本部の能力の方が高い」と思われがちですが、加盟店の仕事をつぶさに見ると、さまざまな工夫がなされていることがわかります。本部からの指示にただ従っているだけでは、顧客のニーズをつかむことはできません。加盟店で働く人たちの日々の努力・工夫と店の売上への反映を踏まえると、加盟店が発揮する能力は過少に評価されている可能性があります。
教育の意義とは何だろう
かといって、加盟店が発揮した能力が売上にどれほど貢献できたのか、本部の貢献度と比較して明確に評価できるのかといえば、そこに正解はありません。加盟店の従業員の士気を高めて能力を向上させても、売上に結び付かないこともあります。少なくとも本部の方が加盟店よりも能力が高い、といった序列に基づいて認識することは間違っています。コンビニの例は、売上や収入の多寡の原因を能力の高低に結び付けて理解することへの批判的な捉え直しに、格差解消へ向けた一歩があることを私たちに教えてくれています。物事を批判的に捉えて考える力を養うのが教育であり、そこに教育の意義はあるのです。
※夢ナビ講義は各講師の見解にもとづく講義内容としてご理解ください。
※夢ナビ講義の内容に関するお問い合わせには対応しておりません。
先生情報 / 大学情報
